何を宝くじの起源とするかは諸説ありますが、一説には古代ローマで始まったものが最古の原型だといわれています。
その他にも、様々な国や地域で宝くじの源流となる制度が生まれました。

 

では、この日本ではどのようにして宝くじが生まれたのでしょうか。

日本の宝くじの起源は、江戸時代が始まったのとほぼ同時期、1600年頃とされています。
現在の大阪府箕面市にあるお寺、瀧安寺で日本初の“富くじ(=現在の宝くじ)”が産声を上げました。

富くじという名前ですが、当時は大判小判がもらえるわけではなく、福を授けるお札をもらえるくじだったようです。
発売されていたのは1年に1回、元日~7日の間だけだったので、新年の風物詩として広まったいったのかもしれません。

 

このように、はじめは縁起物として始まった富くじですが、悲しい人間の性なのか、当たりの品は自然と金銭に結びついていきます。

わずか100年ほどで、金銭と結びついた富くじは江戸の町中に広まっていきました。
あまりの広がりぶりに、1692年(元禄5年)には、江戸幕府から富くじの禁止令が出ています。

それにより、富くじの販売は取締りの対象になりましたが、唯一の例外として寺社仏閣にだけは販売が認められていました。
修復費用を調達するためという目的に限った許可でしたが、もしかしたら当時のガス抜きとしての意図もあったかもしれませんね。

 

それら、例外的に販売を認められた富くじは“御免富”(ごめんとみ)と呼ばれ、特に江戸の感応寺(谷中)・瀧泉寺(目黒)・湯島天神(湯島)で売られた富くじは、江戸の三富として有名になりました。

そこから150年ほど細々と歴史をつないできた富くじですが、1842年(天保13年)の天保の改革によって、ついに全面禁止となってしまいます。
その後、明治維新や第1次世界大戦という歴史の大事件の陰に隠れ、宝くじは100年間完全に世間から消えていました。

そして昭和20年、第2次世界大戦の軍事費調達を目的に、現代に続く宝くじ(当時は勝札という名称)の販売が始まったのです。

 

日本だけでも宝くじにはかなりの歴史が隠されています。
ローマ時代から歴史の続くヨーロッパではどんな歴史となるのかも気になるところですね。